2014年04月26日

うみねこ読了して

ep8まできちんと読んでいたにも関わらず、なぜか自分のblogを見てみると、ep6あたりで止まっている。
これは専ら自分の方の都合であり、最後まで読んでアンチになったとかそういうのではない(笑)

世間では、全体的な評価としてあんまり芳しくないものになっているような気がするが、
私個人としては、惜しい部分はあるけれど、十分に楽しませてもらった作品だったと思う。
本気できちんと向き合った人間としては、この物語の構成や動機、結末の書き方も納得できる形だったと思う。
ただ、やっぱり、推理をネット上で公開して楽しみましょうを全面に出しているにも関わらず、
答え合わせが「明確」でなかったという点において、不満が出るのも仕方なかったのかなぁとも。
そういう形でなかったなら、こういう結末の書き方でも、もっと評価されていたと思う一方、
多くの人に読まれる作品にもならなかったような気もする。

広く認知され、多くの人に楽しまれる娯楽作品というのと、
複雑で難解な答えを明示されない作品というのを両立させるというのは、すごく難しいんだろうなぁ、と思うわけです。
実際、魔法バトルシーンはかっこ良かったけど、物語の根本には関係ないし、文章をもっと洗練させていれば
もっと短く作品をまとめられたんじゃねーのと思わずにはいられない。


あと、ヤスの動機に対して理解できない、共感できないっていうのもよく目にした。
これは虐待を受けて育った子どもが、人格形成に問題を抱えて異常殺人を起こすっていうパターンと似てると思う。
親の愛情を受けずに育った子どもは、愛情の示し方や愛情の受け取り方を学んでなくて、すごく不器用だったり、自己承認するのがすっごく苦手だというのが、多いのです。
絶対守ってくれるはずの親が居ないってのは、それだけで不安なもの。
自分だけの力で生きていかなければならないというのは、すごくストレスを感じる日常なはず。

物忘れが多くて、それを魔女のせいにするという「設定」を作るくだりがあったけど
自分の力ではどうしようも出来ない事に対して「理由」を作りたいのも人間の本能的なものだと思う。
分からない事があるというのは、これも人間にとってすごくストレスを感じる事で、
自分の中で何かしら納得しておければ、心の安定を保てるわけだ。
ヤスの場合も、物忘ればかりする自分が居て、それを慰めてくれる保護者も居なければ、自己承認(自分で自分を元気づけたりする事)も下手なので、自己嫌悪する他無かった。
どうして自分はこんなにダメなんだろうと、心がすりきれる寸前で出会ったのが、魔女のお話だったのだ。
魔女が私に意地悪をするからで、自分が悪い訳ではない。だからどんなに叱られても大丈夫。そう考えた。
そうして、魔女の姿をどんどんリアルにしていく事で、本当にそれが居ることを信じきってしまう。

虐待を受けた子どもが多重人格になる仕組みを端的に言うと、
現状から逃げたくても逃げれない状態において、この苦痛な状態にあるのは自分ではないと思い込み、
別の人格を作り上げてしまうものである。
人は極度のストレス下に置かれた時、普通の状態では思いもつかないような方法で自分自身の心を守る。
ヤスの場合は、他の人格を知っていたり、意思疎通が図れている事から、完全な多重人格とは言い切れないが
全然違う人格がいて、それぞれが目的を持って役割を振られているのは、多重人格のそれと同じだ。

あまりにも複雑な生い立ちすぎて、
劇中で細かく描かれながらも、イマイチ読者に理解されなかったのは残念でしかたない。
個人的には、ヤスの思考も動機も十分に理解できるものであったと思うけど。
時間を見つけて、またこの辺をきれいにまとめられたらなぁ。



で、「うみねこのなく頃に」は、
ヤスの作った物語をベースにして、
死んでしまったヤスに対しての謝罪と、バトラ自身の気持ちの整理のために、
そして、今を生きる縁寿のためのメッセージを込めて作った物語。
ただし、伝達方法はネットでアップするという不確かなものなので、
縁寿以外の興味本位でしか見ていない人間にとっては興味を削がれる形で。
でも、読み物として完成させ、真実を知りたいと思う幾子の思惑も混ざりつつ。
最終的に私たち読者が見るのは、更に竜騎士フィルターがかかった物語。
これもまぁ複雑な構造をもった作りになってるような気もする。

コミケで発表されるサークルが作っていると思うから許される描写なのだが、
これが実際は「人の子よ…」とか達観しきってる感じの幾子が書いてるとすっごい違和感(笑)
幾子が書いてるのは、ep1のエンドロール後の文章の所みたいな感じなんだろうな。
※嵐が過ぎ去って、……あれだけ長いこと島を包んでいた重苦しい雲が、晴れていきます。
雲間からは木漏れ日が差し、……昨日までの嵐がまるで嘘だったかのよう。
船着場には、誰かが望んだとおりに、再びうみねこたちが帰ってきて、にぎやかな鳴き声を聞かせてくれました。

クヒヒヒヒ…ヒャーハッハ!! とかも、幾子の文章なら、「ベアトリーチェは声高に笑うのでした」で終わり。
…いや、読者が求めているのは、やっぱり竜騎士氏の文章だったと思う。あの文に引き込まれていたのだから。




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2010年08月01日

ep7情報が

出ていました。
肖像画とゲーム画面のSSが数点出ていたけれど、もうすぐ7発売かと思うと楽しみです。


新キャラ2体の絵が出ていますが、ep7は過去暴露編だと勝手に思っているので、こいつらも過去の人物に違いないと妄想中。
イトミミズさんには笑わせてもらいましたが、金眼は非実在人物という今までの流れを考えれば、この人もそうなのかな?

赤服金髪の人は、鷲付きなので、右代宮の人間だとは思うのですが、ジェシカの金髪、夏妃のスカーフ、ローザのジャケット、エバのパンツスタイルと現在いる女性陣を彷彿させるような衣装です
優しそうな表情と華奢な体つきから女だと思うのですが、おっぱいがないという重大な事実が!ってことは
・線の細い若い男
・男装している女
のどちらかだと思います。
赤い服ではあるけれど、立ち絵を見た感じ、足元は軍人さんっぽいイメージ
モンペだったら笑えるけど。
ともかく血縁に日本人じゃなさそうなのがいた線がより濃厚になったって感じでしょうか?

さて、肝心の正体の方ですけど、私としては金蔵の母親かキョウダイを推したいです。
結婚もまだの若い金蔵は、関東大震災の時に小田原には居なくて、何をしていたのかって、普通に考えたら家族と一緒に居たはずなのに、その描写は今まで一切なかった。
家族と一緒で父親がいたならば、順当に考えればその父親が本家を受け継げばいいはず。
少なくともその「家族」には父親が不在だったと考えられる。

私は今まで母親は右代宮の人間の妾か何かだと考えていたのだけど
そうじゃなくて未婚の右代宮家の女が、妊娠してしまったために
分家当主として振る舞う必要が出てきた・・・
いや、それじゃあ肖像の女が金髪なのはおかしい。
外国の女を娶ったために半ば勘当状態になった父親だったが早くに死んでしまい、母親は当主代行として振る舞った、嫁に鷲云々はフェイク・・・とかとか。
うーん、うまく考えが纏まりません

まぁ、前のepを読み返して、テンションあげておこうとおもいます
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2009年08月22日

ep1 tea party

各epを読み直したいのだが、なかなか時間がとれない。
現在ep1の昼食後のベアトリーチェ肖像画あたりで・・・。
ブログ内容の方は主に会社で空いた時間にちまちま打ち込んでいるんですけど

そんなわけで?ティーパーティーだけ見直してきた。
プルガトリオ、死人が天国にいくか地獄にいくかの境目。
希望が捨てれない、ある意味地獄よりも苦しい煉獄。

地の文は、〜ですます調の絵本風味。
最近、絵本の中に宝の隠し場所を書き込んだ人がいて、竜騎士はそれを真似したんじゃないか?という書き込みを見たんですけど、
なるほど確かに、そのヒントはここにあったのか・・・もしれない。


登場人物はベアトリーチェと、ジェシカ、ジョージ、バトラ、マリア、シャノン、カノン、の6人。大人達はいない。
バトラを奮起させるなら、父親のルドルフとかも入れたほうが盛り上がるだろうけど、ベアトリーチェが招いたのは子ども達だけ。
もしかしたら、ブルガトリオに招かれた=実際の死亡者はこの6人だった、とか。

ベアトリーチェは「金蔵の孫であるバトラに、挑戦者の権利がある」と言っている。
またバトラは、「俺の6年前に、ベアトリーチェはいない」とも。
ベアトとバトラは直接的な面識は無い可能性は高い。
にも関わらず、なぜベアトは対戦者にバトラを指名しているのか?
それは、プルガトリオでバトラが魔女を否定したからではないだろうか?
逆に言えば、あのプルガトリオにいた全員に挑戦する権利はあった。
だが、バトラだけが魔女を否定した。
例え身内を疑う事になったとしても。
いや、むしろ魔法は、身内を疑わなくていいようにするためにかけられた、やさしい装飾。
それを否定し、真実を見てやる、と、バトラは最初から言っていた。

そして、プルガトリオの全員に挑戦権があった上で、ベアトが「金蔵の孫であるバトラに〜」と言っていたなら、プルガトリオに招かれた人物=金蔵の孫、という可能性もあるんじゃないだろうか。
まぁ、さすがにここまでくると脳内暴走しすぎな気もするけど。

ちなみにこの設定だと
エンジェはキリエの連れ子で、ルドルフの血は入っていない。
エンジェとバトラは兄弟なので、バトラはキリエとルドルフの子、という事になる。育てと戸籍の親はアスムだろうが。

シャノンとカノンについては、ジョージが「カノンはシャノンの弟だ。」と言い、カノンはこれに対して「弟というわけでは…。でも姉と慕ってくれる」と言っている。
同じ16歳の子どもで顔立ちも似ている。男女差こそあるが、双子を連想させる。
だが、ここでカノンは「弟というわけでは…」とあたかも兄弟であることを否定するような発言をしている。
しかし、この言葉の真意が、「どちらが弟・妹かは分からない。私たちは孤児院出身なのだから。」という意味なら、双子の可能性は消えない。
またカノンは最初にバトラに会ったときに、「僕だって・・・」と独り言をいっている。
これは「僕だって、右代宮家の人間だ」という事なのかもしれない。
ついでに言えば、信頼された使用人ですら片翼の鷲が与えられて、嫁の夏妃には無いというのもおかしな話だ。
設定上は、シャノンカノン源次は金蔵の家具で、魔法で顕現してるから〜となっていてごまかされてはいるけれど。
自然に考えたら、この3人が本当に右代宮の血を持ってる可能性は高いわけだ。派閥闘争とかのほうが詭弁。
あと、6歳からシャノンが使用人として働いていたのと、直前にひとりの使用人が辞めているのは、それまでのシャノンとその使用人がなんらかの面識があったからじゃないかなぁ?
6歳までは、以前のベアトと同じく金蔵の目の届く範囲で育てられたけど、彼女にベアトの魂が入る素養は無かった。
又はわりと奔放に育ててしまってて、夜中にうろついて使用人に見つかってしまった。ごまかせなかった。とかとか。

話はずれたけど、以上の事から、金蔵の孫は、ジェシカ、ジョージ、バトラ、マリア、シャノン、カノンの6人と妄想しました。

このほか、このお茶会では、今後のストーリーの内容の重要と思われるような発言がバシバシ出てるので、すっごいヒントだったんだろうなぁと思わされます。
あと気になったのは、全員魔女を認めているといっても、なぜかジェシカだけは、バトラに魔女を認めるな、と言っています。
それはなぜだか分からないんだけど、むむむ…。
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2009年08月21日

涙出た。




発表されたのは結構前のようですが、とても素敵な動画でした。
特に椅子にすわるバトラには、すごく何か心動かされるものがあって
ep5のラストの謎を解くまでの時間、きっとこんな感じだった。

あのイラストのバトラには、ベアトと向き合う真摯な態度も、
ベアトを想う愛も慈しみも、真実を知る者の達観も、右代宮家を継ぐ者としての尊大ささえもあるようで。
本当に一目ぼれしてしました!

すみません、ミーハーな日記です。

うみねこのキャラクター達は本当にどれも魅力的です。
それは単にかっこいいからとか可愛いから、じゃなくて。
苦悩や打算や我侭が、等身大でリアルだから。

バトラはこれから、周りの人たちの汚い部分を暴きながら謎を解いていく。
大好きな親族達が殺人を犯す事を、最初は受け入れる事さえ出来なかったのに。
目を背けることなく、この六軒島の事件にいどみます。

どうか私も、彼とおなじ心の旅が出来ますように。
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2009年08月19日

さよならベアトリーチェ

そういえば、あまりスレの方では触れられていない気がしたんだけど
ゲーム盤や、推理バトルの層のベアトが元気なんでつい忘れてしまうのか?
バラ庭園にいたGMのベアトリーチェは、蝶になって消えてしまいました。
最期に「うそつき、ありがとう、ごめんね、さよなら」といった言葉を、そしてバトラはベアトに対して「馬鹿」と。

よく分からないうちに、このゲームを作り出した、捻くれ魔女はプレイヤーの前から消えてしまった。
二人の言い方からしても、ベアトリーチェがゲーム盤の中で生きていて何かしてほしかった、という感じではなさそうだと思う。
すでに亡霊状態であったベアトリーチェが、成仏?してしまった感じ。

そういえば、バトラとワルギリアの話でも、
ベアトは碑文の謎が解けても解けなくてもどっちでもよかった、みたいな事を言っていた。
謎に挑戦してもらいたい、そうすることで満足する、と受け止めれた。

もう事実は確定しているのだけれど
それでもバトラに考えてほしかったのだろうか?

蝶となって、バトラの一部となって、それで貴女は救われたのかな?




今まで、バトラとベアトの対立は、読者と作者の対立だと主張してきたが、
ここにきて、作者が読者に投げてきた、と取れなくも無い。
もう全ヒントは渡したんだから、ちょっとこっちの意図が何なのか
考え直してみてよ、と。

「うみねこのなく頃に散」のアイコンは、バトラからエリカになりました。
後半戦のメインキャラクターにエリカを持ってくる気なんでしょうか?
逆の立場になって、今度はエリカをプレイするのか?
それともバトラのまま、今度はベアトの立場でエリカに理解してもらうのか?

少なくともバトラの分身である私たちは、バトラと同じ位置まで行かなければならない。
あの捻くれ娘が、何を伝えようとしていたのか、愛を持って探してあげることが、消えてしまう彼女への弔いだと思うのです。




posted by stem at 02:58| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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